Vol.2
それでも花は咲く
福島県富岡町 夜の森の桜
桜の並木が続いているバリケードの向こう側で、松村直登さんはひとり車を降り、桜を眺めた。「春になったら必ずここに来ていたな」。東京電力福島第一原発事故による帰還困難区域に指定されているその場所に、人影はない。
福島県富岡町の夜の森地区にある桜の名所。町道約2.5キロの両脇に約400本のソメイヨシノが並ぶ。「富岡町と言えば夜の森の桜」と、市内のみならず近隣市町村の住民からも親しまれてきた場所だ。福島第一原発事故で全域が立ち入ることの出来ない警戒区域となった富岡町。2013年3月に避難指示区域が再編され、この桜並木は、日中は自由に立ち入れる居住制限区域と、原則立ち入り禁止の帰還困難区域に二分され、その境界はバリケードで分断された。松村さんのような富岡町民は、申請して帰還困難区域に立ち入ることは可能だ。
立ち入れる居住制限区域には桜を見に来た一時帰宅の住民や観光客が多く訪れていた。犬を連れハイヒールで桜を見る人、シートをひいて花見をする人、一心に写真を撮る人。普通の春の日常のようにも見えるが、それでもここは1年前まで立ち入ることすらできなかった場所。一番多い時間帯でも30人ほどだろうか。やはり普通の桜の名所のような賑わいとはいかない。路上には「放射線量が高い地域になります」と書かれ、車内からの観桜を促す看板も設置されている。
午前、町民を乗せたバスが桜並木を通った。広野町でこの日行われる「富岡町復興への集い」に参加する前に桜を見てもらおうと町が準備したものだ。ゆっくりと動く車内からマスク姿で食い入るように上を見つめる人たちが見えた。「降ろして見せてあげてもいいのにな…」一度も停車せず人を降ろすこともなく通り過ぎていったバスを見て周囲からそんな声が聞こえた。
夕方、桜色の鮮やかな衣装を着た女性ふたりがにわかに踊り出した。杉本裕紀さんと佐藤由利子さんは地元のYOSAKOIチームに所属しており、原発事故前は毎年行われていた桜祭りでこの並木で踊っていた。広野町での「復興への集い」で、この桜並木の大きな写真が飾られた舞台で演舞したふたり。どうしてもこの衣装で本物の桜並木で写真が撮りたくなり、一緒に来たという。写真を撮るだけのつもりで訪れたのに、ふたりで自然に踊り出してしまった。踊っていると、たくさんの人でにぎわっていた震災前の桜祭りの風景が頭をよぎった。「あの頃の風景を知っているから切ない気持ちがあふれる。でも、4年ぶりに踊れたことはうれしかった」と、佐藤さんは笑顔で話した。
日が落ちるとまた人影が無くなっていき、「もとの」町に戻った。やはりここは原発事故の避難区域で、誰も住んでいないのだ。昼間には「普通の町」のようにも見えた桜並木のにぎわいが幻だったと確認できる。 人はいまだ戻っていない。それでも花は咲く。(2014年取材)
写真 文/岩波友紀