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Vol.9
ふたつのおめでとう
津波に奪われた娘の卒業 そして今日も息子を捜す

 「2年生の永吏可(えりか)を覚えていてくれて、みんなありがとう…」。娘の同級生にお礼を言う上野敬幸(たかゆき)さん(42)の目から大粒の涙が零れ落ちた。3月、小学校の卒業式のこの日、4年前に津波に命を奪われた長女の代わりに上野さん夫妻は次女の倖吏生(さりい)ちゃん(3)とともに卒業証書を受け取った。「大きくなったみんなを見て、永吏可もこれくらい成長していたんだなって。何十年たっても今と同じ気持ちになるんだろうな…」。妻の貴保(きほ)さん(38)が寂しさの混じった笑みを浮かべた。

 東日本大震災が起こったあの日、上野さんは同居していた父・喜久蔵さん、母・順子さん、長女・永吏可さん、長男・倖太郎(こうたろう)君を津波で失った。父と長男は現在も行方不明のままだ。。震災後、家族で何度も行っていたディズニーランドに地元の子供たちを連れて行ったときに思った。「どうしてこの場に永吏可と倖太郎がいないのだろう」。気がつくと、みんなと離れふたりの名前を呼びながらテーマパーク内をひとりで歩き回っていた。

 仮設住宅暮らしをしていた震災半年後、次女が誕生した。姉と兄の名から一字ずつもらい、倖吏生と名づけた。しかし、新しい命が生まれた瞬間に上野さんが流した涙は、うれしさのあまりからではなかった。おじいちゃんも、おばあちゃんも、お姉ちゃんも、お兄ちゃんも、喜び、祝福してくれるはずの家族がいない。「妹ができる」と、赤ちゃんを誰よりも楽しみにしていたのは永吏可だったのに。寂しくて悔しくて、とめどなく流れた涙だった。

 卒業式の朝も、上野さんは自宅を出るまでに何度も泣いてしまった。しかし、持ち前の愛嬌をふりまき、授与式中も場を和ませてくれたのが倖吏生ちゃんだった。「倖吏生が一緒で助かった。ひとりで行ってたら耐えられなかったよ」。その倖吏生ちゃんは4月から幼稚園へ通い始め、兄の倖太郎君が使うはずだった手提げカバンを持って毎日出かけていく。

 上野さんにはやらなければならないことがある。いまだに見つかっていない息子を捜し出すことだ。  地震発生後、急いで原町区萱浜の自宅に戻った上野さんは一度、両親と倖太郎君の無事を確認していた。地元の消防団員として対応にあたるためにすぐにその場を離れたが、まさかその後に津波が来るとは思いもしなかった。仕事に出ていて津波の難を逃れた貴保さんとは再会できたものの、避難所にもどこにも他の4人の姿が見当たらない。そして、泥水に覆われた萱浜で家族を捜し続けていた時、福島第一原発の原子炉建屋が爆発した。原発から約22キロの萱浜には、上野さんら消防団以外誰もいなくなった。「見捨てられた」。これが津波と原発事故の二重被害を受けた福島沿岸部の現実だった。

 

 震災から1ヶ月以上たってから萱浜に来た自衛隊も、2週間足らずで撤収した。「本当に人がいなかった」という中、鳶口(とびぐち)を手に消防団の仲間だけで探し出した40人にものぼる人たちは、近所のよく知る人たちばかりだった。ひとりひとり抱き上げ、安置所まで運ぶ地獄の日々が続いた。

 自分が生きていることに意味があるとすれば倖太郎君を捜すことだけだった。子供たちを守ってやれなかった自らを激しく責め、「倖太郎が見つかったら死のう」、上野さんはそう思いつめた。しかし、捜しても捜しても見つからない日々が1年ほど続いたあるとき、ふとこんな思いが頭をよぎる。「そんな自分を見て、倖太郎はわざと見つからないようにしているんじゃないか」。やんちゃで活発な子だった。仕事中に通った自宅近くの道端でひとりで遊んでいるのを見かけて声をかけたときの、「ニカッ」と返した笑顔が今でも目に浮かぶ。自分の命には未練もないが、その息子に生かされているのなら、生きている人間にしか出来ないことをやり続けよう、そう思えるようになった。


 4月下旬、上野さん宅に車を走らせると、土色ばかりの景色の中に、鮮やかな黄色が目に飛び込んできた。上野さんら消防団仲間にボランティアも加わって結成された「福興浜団」が育てた菜の花の迷路だ。原発事故で手がほとんど入らなかった避難区域などで捜索を続ける同団は、「涙しかなかったこの場所に笑顔を取り戻したい」という願いから、イルミネーションや打ち上げ花火などのイベント活動も広めている。138人が亡くなり一面荒野と化した萱浜地区。枯れるほどに流した涙と福興浜団みんなで流した汗がそこに染み込み、新たな命が生まれていく。その菜の花は今年も子供たちに笑顔をもたらすだろう。


 この春永吏可さんと倖吏生ちゃんに言えた「おめでとう」は、入園も入学も経験できず、まだ自宅に置かれた骨箱にもいない倖太郎君には永遠に言ってやれない。だからこそこの手で見つけ、助けられなかったことを謝り、抱きしめてやらなければならない。倖太郎君に生かされている命がある限り、上野さんは今年も花の種をまく。亡くなったみんなと、生きているみんなのために。そして、生きている限り抱き続ける自責の念を胸に、今日も海岸に向かう。

​写真 文/岩波友紀

ゴールデンウィークの5月2日~6日まで、どなたでも萱浜の菜の花迷路で遊べます。詳細は福興浜団のFacebookで。
https://www.facebook.com/fukkouhamadan

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